痛みの正体:なぜ同じ怪我でも痛み方が違うの?
2025年06月14日

「同じような怪我なのに、あの人より私の方が痛みが強いのはなぜ?」「怪我が治ったはずなのに、なぜか痛みが続く…」。もしあなたがそんな疑問を感じたことがあるなら、それは決して気のせいではありません。痛みは、単なる体の損傷だけでなく、私たちの脳や心の状態が複雑に絡み合って変化する、非常に奥深い感覚だからです。
今回は、痛みの専門家が捉える「痛みのメカニズム」について、最新の知見も交えながら分かりやすく解説します。
1. 体の損傷と炎症が引き起こす「痛み」(解剖学的破綻)
私たちが真っ先に思い浮かべる痛みは、転んで擦りむいたり、ぶつけたりした時に感じる「侵害受容性疼痛」でしょう。これは、文字通り体に損傷(解剖学的破綻)が起こり、その信号が脳に伝わることで感じる痛みです。
炎症が痛みを増幅させるメカニズム
体が傷つくと、その部位では炎症が起こります。この炎症によって、プロスタグランジンやブラジキニンといった「発痛物質」が放出されます。これらの物質は、末梢神経の先端にある侵害受容器(痛みのセンサー)を刺激したり、その感受性を高めたりします。
まるで、普段は静かな警報機が、炎症によって異常に敏感になり、わずかな刺激でも「非常事態!」と大声で叫ぶような状態です。急性期の痛みに対し、痛み止め(例:NSAIDs)でこの発痛物質の働きを抑えたり、神経の伝達をブロックする治療を行ったりすることで、痛みをコントロールします。
2. 脳が痛みを「記憶」する?慢性痛の意外な正体(過去の記憶)
「もう傷は治ったのに、なぜかずっと痛い…」。このような慢性的な痛みには、脳や脊髄といった「中枢神経系」が痛みを記憶し、学習するというメカニズムが深く関わっています。
痛みの「感作」が引き起こす過敏な状態
痛みの信号が繰り返し、または長時間脳に送られ続けると、中枢神経系の神経細胞が過敏な状態になります。これを「中枢性感作」と呼びます。
この状態になると、まるで神経が「痛み」を学習してしまったかのように、以下のような現象が起こります。
- 痛みの閾値(いきち)の低下: わずかな刺激でも痛みを感じるようになる。
- 痛覚過敏(つうかくかびん): 通常なら弱い痛みしか感じない刺激を、非常に強く感じるようになる。
- アロディニア: 普段は痛みを感じない、軽い接触(例:服が擦れるだけ)でも痛みを感じるようになる。
これは、一度痛みを感じた経験が、脳の中に「痛み回路」として記憶され、その後はちょっとしたきっかけでもその回路が活性化してしまうイメージです。痛みが慢性化するのを防ぐため、早期からの適切な治療で痛みの信号が中枢神経系に過剰に伝達されるのを防ぎ、中枢性感作の発生や進行を抑制しようとします。痛みの「記憶」を刻み込ませないことが、痛みの悪循環を断ち切る鍵となるのです。
3. 心の状態が痛みを左右する?感情と痛みの不思議な関係(情動)
痛みは、単なる体の感覚ではありません。私たちの「心」の状態、つまり**情動(感情)**や心理的な側面が、痛みの感じ方に大きな影響を与えることが分かっています。
脳の「痛みを抑えるシステム」の働き
私たちの脳には、本来痛みを抑制する「下行性疼痛抑制系」という素晴らしい仕組みが備わっています。しかし、ストレス、不安、恐怖、抑うつといったネガティブな感情が続くと、この抑制システムの働きが弱まってしまうことがあります。
例えば、強いストレス下では一時的に痛みを感じにくくなることがありますが、慢性的なストレスや心の不調は、この痛みを抑える力を低下させ、結果的に同じ痛みの刺激でも強く感じてしまうことにつながるのです。
痛みの信号は、脳の「感情」や「思考」を司る領域にも伝わります。そのため、不安や恐怖が強いと、脳が痛みをより強調して処理し、不快感や痛みの強度が増す傾向にあります。
痛みの専門家による多角的アプローチ
痛みの治療では、薬によるアプローチだけでなく、心理的なサポートやリハビリテーションなど、様々な角度から痛みにアプローチします。これは、痛みがいかに心や体の全体的な状態と密接に関わっているかを深く理解しているからです。不安を和らげ、心の状態を整えることは、痛みを和らげる上で非常に重要な要素となります。